Bittersweet ep.4-39
まったく…。
迷惑甚だしいとはこのことだ。
深夜に帰り、その後ユノとセックスに興じて眠りについたのが明け方。
浅い眠りから深い眠りへと突入しようとしたそのとき、けたたましい物音にたたき起こされた。
何事かと、あくびをかみ殺しながら1階へ行ってみれば、仏頂面のエリックが佇んでいた。
「これはなんだ!?」
それが第一声。
あなたが作った契約書だと答えれば、さらに怒りは助長。
ずかずかと許可もなく家に上がりこんできた。
ここまで感情を露にするのも珍しい。
普段なら面白いと思うかもしれないが、生憎睡眠を邪魔されてすこぶる機嫌が悪かった。
神経を逆なでするような問答を繰り返していると、僕を呼ぶか細い声が聞こえた。
どうやら起こしてしまったらしい。
ゆっくり休ませてあげたかったのに…。
薄く開いた扉を開いてみれば、ミノムシのような状態で床に張り付いている。
まぁ、当然か。
立てるはずもない。
とりあえずそのままにはしておけないと、抱えあげてベットへと連れ戻した。
そしたら、イジメるなと釘を刺され、思わずため息をこぼすはめに。
リビングへと戻り、テーブルの上にたたき出された書類へと視線を落とす。
「…?」
なんか、分厚くないか…?
手にとって見れば、同じ契約書が何枚も重なって置かれていた。
文章に目を通してみる。
ほとんど変わらない契約内容だが、すべてにおいて契約期間が違う。
一番上は1年間、その次は2年間。
最後のもに関しては最初に見せられたものと同じく、永年専属契約だった。
「エリックひょん…これは、どういうことですか…?」
意味がわからない。
素直に尋ねれば、火をつけていないタバコを口端に挟みながらイライラを全面に出していたエリックがちらっと僕を見つめた。
「メインはクソジジイ共を納得させること。でもな、一番の理由はオレがもう一度お前と仕事がしてぇからだよ」
「は…?」
「お前との契約が終わって、何人ものモデルを見てきたし、契約もした。でも、お前ほどの価値を見出すことはできなかった」
エリックらしくない…。
だってこの人は、面と向かって人を褒めることはないし、認めることもほとんどない。
それが、なんだ?
僕の価値?
「お前は人の目を惹きつけるんだよ。お前自身は線引いてるつもりなんだろうけどな。自社商品とお前がいれば怖いものなしだ。本気でそう思ってる。だから、ドンワンに頼んだんだよ。卑怯だってわかってたけどな」
「…」
意外だ…。
そこまでして、僕を使いたいと?
はっきりいって面倒くさい。
いまは特にユノのそばにいたいし、一緒に過ごす時間を何より大切にしたい。
なのに、心が揺れる。
「カメラマンはドンワンだし、スタッフも全員オレが信頼してるヤツラだ。情報が漏れる心配はない。最大限、お前の希望は応える。撮影時間もそうだし、日付に関しても。だからさ、受けてくんねーか…?」
「珍しく…必死ですね」
「オレはいつだって必死なんだよ」
「そうは見えませんけど」
「ドンワンによく言われる。だから損するんだ、ってな」
ドンワンでもそういうこと言うんだな…。
エリックだから、だろうか。
「だって、カッコ悪いだろ?必死に足掻いてんのなんてさ」
「…」
せっかく整えてあった髪をかき乱し、深く息をつく。
なんか、理解してしまった。
僕とドンワンが似ているとほとんどの人が言うけれど、どちらかというと僕はエリックに近いのかもしれない。
単に、過去がドンワンと類似しているというだけで。
「ホントに僕の希望、最大限応えていただけるんですね?」
「あぁ」
「ちなみに、来月ユノと旅行する予定なんですけど?」
「スケジュールはすべておまえの予定を踏まえたうえで立てる」
本気、みたいだ。
いつも本気が見えないというか、煙に巻かれるというか…。
そんなエリックが、心を包み隠すことなく曝して僕を見据えていた。
嘘偽りはない。
そう、物語るように。
「念書、書いてもらえます?一応」
たぶんウソはない。
でも、念には念をと思ってそう告げれば、頬を引きつらせるエリックがいた。
「この野郎…」
「書いていただけないんですか?」
「書いてやるから何枚でも持ってこい」
受けて立ってやる。
そんな態度。
思わず微笑み、適当な紙を取り出した。
「お前くらいだ。オレにこんなことさせんのは」
「すみませんね?石橋は叩いて渡るタイプなんで」
「そんなヤツは、なんの宛てもなく独りでアメリカになんか行かねーよ」
確かにその通りだ。
声を立てて笑えばエリックもまたつられて笑い出す。
苦手意識がなくなったわけではない。
でも、前より少しだけその意識が薄れたかもしれない。
念書の内容を確かめ、僕は一番下にあった契約書を引き寄せた。
「ちなみに、ドンワンひょんがカメラマンじゃなくなったら僕も辞めますから」
「それは心配ねーな。ドンワンとの契約も永年専属契約だ」
にやりと笑うさまはさっきまでとは違う。
いつものエリックに戻ったみたいだ。
「契約破棄なんざオレがさせねーよ」
「…」
つまり…?
ふとサインをしようとしていた手を止めた。
「やっぱり、とりあえず1年にしておきます」
「お、おい!」
予想通り慌てるエリックに、声を立てて笑った。
「冗談ですよ。ちゃんと僕の希望を最大限優遇する、っていうことを守ってもらえるなら」
「それは守るっつってんだろうが。念書も書いてやったじゃねーか」
不貞腐れたようにそっぽを向くエリックに笑みを深め、サインをしたためた。
「はい」
「悪いな?スケジュールとか相談したいから、時間もらいたいんだけど?」
「休みはユノのために使いたいんで、店が終わってから…できれば、2時間くらいで」
「わかった。後で日程連絡する」
僕のサインをした契約書はクリアファイルへ。
その他は適当に折り畳んでカバンの中へ。
「じゃあ、またな」
「はい」
とりあえず礼儀だと出口まで見送り、そっと息をついた。
カギを閉めて、戻ってみればベットの中でユノは無防備な寝顔を曝している。
どうやらまた眠ってしまったらしい。
僕は、どうしようか…。
とりあえず食事の準備だけしておこうかな?
あたためなおせばすぐ食べられるようにしておいて、僕ももう少し眠ろう。
さすがに2時間の睡眠じゃ足りない。
隣に身体を横たえ、目を閉じた。
愛しいぬくもりを腕の中に閉じ込めて…。
つづく。
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