DIRT 40
どうやって、ここまで来たのか覚えていない。
ふらふらと歩いてたどり着いたのは、小さな駅だった。
そこから電車に乗り、気づけば数か月ぶりに自宅へと帰ってきていた。
「ユンホ様!」
薄汚れた姿で、しかもここ数か月1度も連絡をしていなかった。
戻るつもりもなくて、ずっとチャンミンと一緒にいるものだと思っていたから。
だから、帰ってきてみたはいいが、自分の家ではないような気がして落ち着かない。
でも、それでも、ある想いがオレを突き動かしていた。
「お前…いままでどこにいたんだっ!」
怒られるのはわかっていた。
いまはそれどころではないし、どうだっていい。
「親父」
「…」
俯いたままそう呟き、顔を上げた。
ひとつの決意を胸に。
「いままで、迷惑かけて悪かった」
頭を下げることなんて一度もなく、これからもするつもりなんかなかった。
でも、手段は選べない。
それこそ目的を果たすためには、選択肢がこれひとつしかないのだから。
「大検受けて、大学に行く。必死で勉強する。だから…オレに親父の持ってる力全部くれ」
「ユンホ…?」
いつもと違うと、親父も感じたんだろう。
当たり前だ。
生半可な気持ちでここにいない。
反発しかしたことのなかった親父に借りを作るなんて冗談じゃないと思ってた。
親父の後を継ごうなんて思ったこともない。
でも…。
「助けなきゃいけないひとがいるんだ」
「…」
親父を見つめることに迷いはなかった。
それほどまでに、オレの決意は固い。
「とりあえず、シャワーを浴びてきなさい。話はそれからだ」
「そんなのどうだっていい。時間がないんだ」
「…座りなさい。話を聞こう」
視線は逸らさないまま、示されたソファへと腰を下ろした。
けれど、落ち着かない。
疲れているはずなのに、休んでいる暇はないんだと心が急かしていた。
「助けなければならない人とは誰のことだ?」
「…オレを、変えてくれた人だ。
その人はいま…監禁されてる。だから、助けたい。
オレを、受け止めて、認めて、前に進む力をくれた人だから」
チャンミンと過ごした時間は、とても中身の濃いものだった。
長さなんて関係ない。
生まれてから今日まで、生きてきた中で一番充実していた。
学ぶことを楽しいと思い、当たり前だったものが本当は尊いものだと知ることができた。
そう。
オレがチャンミンと出逢った意味も、オレがこの家で生まれた意味も。
すべて、チャンミンが、チャンミンと過ごした時間が教えてくれた。
変えてくれた。
「オレが、この手で助けないと意味がないんだ。
親父の力じゃなくて、オレの力で助けなきゃいけないんだ。
それが、どんなに辛くても」
「…」
「その人が、オレを救ってくれたから。だから、オレが助ける。オレにしかできないんだ」
会えば喧嘩ばかりで、まともに話したこともなかった。
こうして想いを直接ぶつけたのも初めてだ。
だから、容易に受け入れてくれるとは思っていない。
でも、諦めるわけにはいかない。
絶対に。
「信じられると思うか?」
「思ってない。だから、これからのオレを見て判断してくれ。もう二度と、オレは逃げ出さない。なんだってやる」
じっと注がれる眼差しを、オレもまた見つめ返す。
いま語ったのはすべて真実。
隠すことも、後ろめたさもない。
これが、いまのオレだ。
「…いいだろう。今後のお前を見て確かめる。その言葉に嘘偽りがないか。いいな?」
「あぁ」
いまはそれでいい。
あとは、行動で示すだけだ。
「とりあえずシャワーを浴びて、今日は寝なさい」
その言葉に頭を下げ、オレは親父の部屋を後にした。
シャワーを浴び、久しぶりの自室に入るなりベットへ倒れ込み、死んだように眠った。
唯一、チャンミンの残してくれた絵と、本に触れながら…。
41へ続く。
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